クリステンセンのHBS経営論集の論文の第二弾です。
この論文では破壊的イノベーションを経営資源、プロセス、価値基準という視点で分析し、なぜ業界リーダーが破壊的イノベーションに対応できないかを示し、その処方箋も併せて提示しています。
特に組織についての提言は、落とし穴にはまりがちな組織改革のチェックリストとして重要だと思います。結論自体はドラッカーのイノベーション論とそんなにギャップは感じません。
「クリステンセン経営論」ダイヤモンド社 第三章
イノベーションのジレンマへの挑戦
―リーダー企業は破壊的変化にどう対処すべきか― 2000年9月
1. 大企業のマネジャーは破壊的変化への対応にことごとく失敗してきた。その理由はおそらくマネジャーには組織の能力について注意深く考える習慣がないためだ
2. 同程度に有能な人材グループを別々の組織で働かせても成果に差が出る場合、その原因は組織の能力自体にあると考えられる。組織の能力はメンバーの資質、その他の経営資源とは別物と考えなければならない。
3. 企業を継続的に成功させるには個々の人材を評価するだけではなく、「組織全体で何ができ、何ができないか」という能力を別途に評価する必要がある。
4. 破壊的イノベーションに対応する最悪のアプローチは現行組織を抜本的に変えてしまうことかもしれない。企業を変身させるつもりがそれまで企業を支えていた能力を破壊してしまうこともある。
5. 組織に何ができ、何ができないかを規定するのは、経営資源、プロセス、価値基準の三つの要素である。この三つの視点から組織能力を評価する。
6. 経営資源について。「当社に何ができるか」を自問した時に経営資源に答えを求めることが多い。しかし、経営資源の分析のみでは組織の能力の全容は判断できない。
7. プロセスとは経営資源を商品やサービスという一段高い価値に変容させるための相互作用、調整、コミュニケーション、意思決定のパターンを指す。
8. プロセスの本質は社員が常に業務を一貫した方法で成し遂げられるように設定することにある。これは経営者にとってジレンマにもなる。プロセスは変更することを前提にしていない。もし変更の必要が生じても簡単には変えられない仕組みになっている。
9. ある仕事を成し遂げるためのプロセスはそれ以外の仕事を行うことを不可能にする。そして企業にとって最も重要なプロセスが明確でわかりやすいものであるとは限らない。逆に目につきにくい背後のプロセスが重要であることも多い。
10. 変化に対応する能力について最も深刻な課題は経営資源の配分、企画と予算の調整といった意思決定プロセスに潜んでいる。このプロセスが必ずしも明確ではないことがある。
11. 価値基準とは重要な事や優先すべきことを判断するための基準。企業規模が大きくなるほど、組織全体の社員を教育し、戦略方針やビジネスモデルとの整合性を取りながら、一人一人が重要度を判断できるようにすることが、より大切になる。
12. 組織に一貫性のある明確な価値基準が浸透しているかは企業経営の優劣を測る重要な尺度。
13. 多くの企業が注目する価値基準は収益性と市場規模の二つ。この二つの価値基準がほころびると企業が破壊的変化にうまく対応する能力は徐々に失われる。
14. ①収益性についての価値基準を明確にすることが必要。例えばハイエンド市場を相手にすれば間接費が上がり、従前の粗利益率では不十分になる。トヨタが北米でハイエンド市場に進出するためローエンド市場からの撤退を決めた事例など。
15. ②市場規模についての価値基準はビジネスチャンスに関わる。小企業なら十分な市場も大企業では食い足りないことが多い。企業規模が大きくなると小規模の新興市場に参入する能力を失っていく。この能力喪失は経営資源の変化によるのではなく、むしろ価値基準の変化による。
16. 企業の成長の初期段階では、経営資源、特に人材の影響が大きい。要となる人材が一人二人、組織に加わるか離脱するだけで企業の業績に多大な影響を及ぼすことが多い。しかし、時がたつと組織能力の重心はプロセスと価値基準へとシフトしていく。
17. まず恒常的業務をこなすうちにプロセスが固まってくる。ビジネスモデルがはっきりした形を取り始め、業務の優先順位が明確になる。そして次第に価値基準が形成される。
18. 企業がたった一つの画期的商品の成功によって上場を果たし、その直後に失速するケースが多い。その原因の多くは当初は個々のエンジニアの能力が成果を生むが、継続的に商品を生むプロセス開発に失敗することにある。
19. 次々と人材が入れ替わる大手コンサルティング会社が質の高い仕事を維持している理由は、コア・ケイパビリティ(中核能力)が経営資源にではなく、むしろプロセスと価値基準にあるため。
20. 企業の誕生から成長期にかけてプロセスと価値基準が形成される段階では経営者が与える影響は絶大。社員の仕事の仕方、組織の優先事項について経営者には明確な持論がある。
21. 創業者の判断に誤りがあれば失敗する可能性は高い。しかし、健全な判断がなされれば創業者の問題解決、意思決定の方法が正しいことを社員は目の当たりにし、体得していく。こうしてプロセスができあがっていく。
22. 同様に、創業者の考えを反映した判断基準に従って経営資源が配分され、財務的にも成功すれば、その実績を中心に企業としての価値基準が形成される。
23. 企業が成熟すると社員はこれまで日常的に行い、成功してきたプロセスや判断基準こそが仕事を行う上で最も正しい方法と思い込むようになる。これが組織文化を形成する。
24. 組織文化があれば社員に自律的ながらも一貫した行動をとらせることができる。組織文化が強力な管理ツールになる。
25. このように組織に何ができ、何ができないかを規定するものは時と共に変化する。出発点は経営資源だが、次に目に見え、はっきり表現されたプロセスと価値基準へと重心がシフトする。
26. 経営資源、プロセス、価値基準のどれを経営能力の基盤にしている場合でも、成功企業は市場の持続的変化に対応するのに長けている。この変化を持続的イノベーションという。しかし、企業が問題に突き当たるのは、市場での革新的変化に対応したり、破壊的イノベーションに対応したりする場合である。
27. 持続的イノベーションを開発し、導入するのは、ほぼ決まって業界のリーダー企業である。持続的イノベーションにおいてリーダー企業を打倒することは難しい。
28. 新商品や新サービスで新市場を創造する破壊的イノベーションは頻繁には起こらない。だから、どの企業にもこれに対処するプロセスを持たない。
29. 破壊的イノベーションの利益率は必ずと言ってよいほど低く、魅力的商品ではないため大企業の価値基準とは合致しない。だから業界のリーダー的企業は破壊的イノベーションに事業機会を見出せない。
30. 経営資源、プロセス、価値基準のフレームワークによってリーダー企業が破壊的イノベーションに乗り出さない理由がわかる。つまり業界のリーダー企業は持続的技術を開発し、導入するように組織が出来上がっているということ。
31. リーダー的企業が破壊的変化への適応能力を創造する方法は3つ。①内部に新たな組織構造、プロセスを開発する ②既存組織から独立した組織を作る ③新たな課題にふさわしいプロセスと価値基準を持つ別組織を買収する
32. 残念ながら、ほとんどの企業がオールマイティ型の組織戦略を取る。つまり軽量チームもしくは職能別組織で規模も性質も異なる全ての課題に臨もうとする。しかし、この方式はすでに固まった組織能力を活用するやり方である。
33. 逆に、重量チームを信奉しすぎる企業も多いが、理想的にはそれぞれのプロジェクトに必要とするプロセス、価値基準とを合わせて、チーム構造や社内・社外で行うか等を決めるべきである。