クリステンセン論文の第四弾です。ここでは顧客ニーズをジョブという切り口で実務に応用しやすい形を提起しています。このジョブはドラッカーが「価値・効用」と呼んだものですが、実務的に言えば「困りごと」「宿題」「もやもやしていること」とでもいうと理解しやすいかもしれません。
また価値提案の明確化はマイケル・ポーターが「トレードオフ」と呼んだ、二者択一の視点として理解できそうです。この論文の実務的有用性は高いと思います。
第七章
セグメンテーションという悪弊
―「ジョブ」に焦点を当てたブランド構築が必要―
1 毎年新発売される消費財は3万種類に上るというが、その9割以上が失敗している。何かが間違っているはずだ。
2 その原因は、従来の市場細分化手法、ブランド構築手法、顧客を理解する方法が機能しなくなった。つまりマーケティングのパラダイムが崩壊しつつあることにある。
3 セオドア・レビットは「消費者は四分の一インチ径のドリルを買いたいのではない。彼らが欲しいのは四分の一の穴だ」と言った。しかし、マーケターはドリルの種類と価格で市場をセグメントしようとする。肝心の穴ではなく、自社のドリルの特徴や性能をライバルと比較評価しようとする。
4 このようにマーケターは往々にして問題解決を見誤る。顧客ニーズと無関係な方法で商品を改良してしまうのだ。
5 市場構造は顧客の目にはきわめて単純に映っている。顧客は何らかの「ジョブ」を処理する必要があるだけなのだ。簡単に言えば、商品を「雇い」、自分の代わりにそのジョブに当たらせるのだ。
6 マーケターの役割は、顧客の実生活において、自社の商品が雇われる可能性、つまりどのような「ジョブ」が発生するかを理解することに他ならない。
7 マーケターがそのジョブを理解し、それを肩代わりする商品、購入体験や仕様体験を設計し、意図した使用目的を補強する商品を作ることができれば、そのジョブを処理する必要性に気づいた顧客はお金を支払ってもその商品を雇う。
8 分析の基本単位は顧客ではなく「ジョブ」であるべきだ。
9 あるファーストフードチェーンがミルクシェークの分析をしたところ、最も多い購入パターンは早朝1人で来店し、ミルクシェークだけを買って自分の車の中で飲むというものだった。顧客は自動車通勤の退屈さの解決手段として、また10時ぐらいまで腹持ちさせたいというジョブを処理するためにミルクシェークを買っていたのだ。このジョブの分析によって適切な打ち手を考えることができた。
10 顧客のジョブの処理に最もふさわしい商品がまだ存在しないものも多い。こうしたジョブを処理する商品を設計し、しかるべきブランド・ポジショニングを実施すれば新たな成長市場が誕生するだろう。
11 ある企業は重曹の事業について、「口腔内を清潔にし、清涼感を与える」「冷蔵庫内の臭いを消す」「腋の下を清潔、快適に保つ」「カーペットを清潔にし、臭いを消す」「猫の排せつ物の臭いを消す」「衣類に新鮮な香りを与える」というジョブに注目し、事業を多角化させた。
12 特定のジョブを処理する時にまず頭に浮かぶ商品を「目的ブランド」と呼ぶ。「荷物を間違いなく確実にできるだけ速やかに送る」ジョブに対するフェデックスが典型。
13 広告だけでブランド構築はできない。ただし、広告はそのブランドが特定のジョブに適していることを伝えることはできる。必要なジョブが存在し、そのジョブにふさわしい商品が存在することを人々に気付かせることはできる。
14 優れたブランドのほとんどは広告宣伝を始める前にすでに構築されている。ゼロから広告によって消費者が信頼するブランドを構築しようと試みると骨折り損に終わる。
15 強力な目的ブランドの構築に成功したらどう活用すべきか。それには一般原則がある。
16 原則の一つは、同じジョブを処理する別の商品を追加すること。このやり方ならブランド・イメージをあいまいにする心配なく展開できる。
17 もう一つ原則は、目的ブランドを特定のジョブ専門とすること。違う価値を提供する場合には別のブランドをたてる必要がある。もしくは親ブランド化して複数のジョブに対処するために子ブランドをつくる。
18 このようにジョブという切り口に焦点を当てると競合商品と差別化できる。ただし、そこで難しいのは特定のジョブを遂行できると伝える場合、その他のジョブは遂行できないことを伝えることにもなる。
19 しかし、特定のジョブを完璧に処理する目的ブランドになればプレミアム価格が付けられる。そしてセグメンテーションで考えた市場よりも大きな市場で競争できる。
20 自動車メーカーには目的ブランド構築が不十分で差別化ができていない企業が多い。