浅沼宏和ブログ

2017.02.20更新

大学院時代の恩師の最終講義の抄録を作成しました。当日は、ロサンゼルス、上海、ドバイなど海外からも多数の出席者があり、有給休暇を取って聴講した方も多かったようです。先生からは問題の定義・解決の基本を教えていただきました。

山内惟介先生最終講義抄録 2017年1月19日(木)

21世紀法律学の課題と法律家の責任

Ⅰ はじめに

・現代の法律学、法律家は国際社会で有用と見なされていないのではないか?

・現代の法律学は機能不全に陥っており、法律家の努力は全く足りていない。

・本講義の要点―①法律学は致命的な問題を抱えた「欠陥品」である ②新しい法律学が構想されなければならない ③新しい法律学では紛争「予防」技法の解明と伝授が中心になるべき

Ⅱ これまでの法律学に対する評価

1 問題の所在―ドネガル・インターナショナル・リミテッド対ザンビア共和国事件

・ザンビア政府に対するルーマニア政府の債権がファンド(ドネガル社)に譲渡された。巨額債務に高利が加わり、結果的にザンビア政府はデフォルトに追い込まれた。

・契約社会では借金は返済されなければならない。しかし、投資額の数百倍を超える利益を上げる貸金業者は「正当なビジネス」を行ったと言えるのか?

・ファンドの側には米国の超一流法律事務所が付き、依頼者の利潤追求に奔走していた。ファンド側勝訴の判決を出した裁判官を含め、彼らは「道徳に反した(米国法学者らの批判)」のではないか?

・こうした事件は他にも多数ある。「日本政府がハゲタカ・ファンドに襲われる可能性はない」という楽観論があるが、日本の経済が失速すれば在外資産が狙われる可能性も否定できない。

2 法律学の前提に対する疑問

・ファンドの度を超えたリターンを確保し続ける英米の諸判決をどう受け止めるべきか?多くの法律家は「法律論として極めて正当」と考えるが、その法律家の意識と世間一般との間には大きな落差がある。

・上記判決を「当然」との主張がなされることは現代法律学の本質的欠陥を露呈している。

・この欠陥は判断基準と適用基準との区別が行われていないことに原因がある。

・争点解決の判断基準は、その判断基準の存在を正当化する形成基準(政策的立法理由)の正当性を突き詰める必要がある。

・同時に判断基準をどの範囲で用いるべきかの決め手となる適用基準も考慮する必要がある。つまり、判断基準、形成基準、適用基準は三位一体である。

・理由①-近代私法の三大原則のひとつ、契約自由の原則が機能するのは双方が対等な場合に限られる。国内事件であれば消費者保護、未成年者保護が当たり前とされるのに渉外事件では弱者が保護されていない。世界の総人口のうち、恵まれた立場にある者は一握りに過ぎない。努力の機会さえ奪われた者に対して「不可能を強いる」考え方には限界がある。

・理由②-国際社会ではもともと国民国家間に対等な関係が成立していない。その歴史的・社会的背景に目を向けるだけではなく、法的背景についても真剣に検証すべき。国民国家制という社会科学の大前提を維持する限り、先進国と途上国との対等な関係は生まれない。法律学の現状が根本から変わらなければならない。

・理由③-天然資源は全地球に与えられた神の恵み。特定国国民の排他的使用を認められた「所有物」ではない。しかし、現実にはこれと正反対の考え方が取られている。

・このように見ると、国民国家制の下で現代法律学が当然の前提として採用してきた各種の法理(所有権絶対の思想、契約自由の原則、会社設立の自由、居住移転の自由、表現の自由など)が国際社会における対立をあおり、国家間の格差を生み出してきた一因と見ることができる。

・「法律学の使命は国内の利益対立を解決することにあり、国際社会の利益対立の解決は政治の任せておけばよい」という従来の常識には本質的な欠陥がある。

3 現代の法律学に対する疑問

(1) 絶対的根拠の欠如

・法には絶対的根拠が欠けていて、判断者の主観が全てと言う意味で相対的正当性しか存在しない。

・法は個々の論点を巡り対立する利益・主張相互間で優先順位を決定する基準の体系。法律効果は法律要件を構成する個々の単語がどのような意味内容を有するかという前提的論点に関する解答。解釈者は自ら望む法律効果を発生させるよう要件部分を恣意的に解釈しがち。

・どちらの解釈が優先するかを決める普遍的解釈基準が与えられていない場合、絶対的な序列決定基準が存在しない。

・法に絶対的根拠が欠け、主観が全てと言う意味で相対的正当性しかないのであれば、当事者が互譲の精神を発揮し、紛争を回避する努力を続ける以外に真の解決策はない。

(2) 強者の支配手段か

・なぜ弱者の視点が無視されるかについて疑問がある。

・米国経済学者ロバート・ライシュらは「行き過ぎた格差は市場の縮小を招き、政治的には社会の分裂をもたらす」と批判する。われわれはこれをどう受け止めるべきか?

・世界では特定の集団の利益しか省みない利己主義が支配している。イソップ寓話「太陽と風」の教訓「与え続けなければ得るものがない」ということが理解されていないのではないか。

・こうした状況において「法の目的は正義の実現にある」といわれても多数派が主張する正義が優先され、弱者の正義は無視され続けるだろう。

(3) 地球全体に対する視点の欠如

・法律学には国民国家制という制約条件があるためマクロ的考察が行われていない。われわれは国家単位で法を考える図式に慣れすぎている。

・国際的場面での共生、相互援助、社会貢献、社会的責任といった言葉が頻繁に用いられる現状は国民国家制の破たんを意味する。われわれは「現代の社会」という言葉を相互依存関係にある地球社会全体で考える必要がある。

・国民国家という利害関係者に期待することは論理的にはできない。実践はわれわれみながそれぞれの知恵を出し合う必要がある。

(4)長期的視点の欠如

・法律学には100年を超える長期の視点が欠けている。短期的意思決定が優先されるのは歴史が軽視されてきた結果。

・地球社会は共有財産であり、われわれが所有権の名目で行使している権利は長い歴史過程から見ると一時的使用権にすぎないという認識が法律家に欠けている。

4 まとめ

・第一に、法的解決策には絶対的根拠がない。裁判官の良心、議会の多数決という中途半端な擬制の下、その都度判断者の恣意が優先された。

・第二に、法的解決策として採用されてきたのは強者の利益擁護だった。弱者を含む全体への目配りという意味で共生の思想が欠けていた。

・第三に、全地球的視野という空間的視点が欠けていた。

・第四に、100年をはるかに超えた長期的視野という時間感覚が欠けていた。

Ⅲ 21世紀法律学の課題

1 地球社会法学の構想

・第一に、地球社会法学は原理的に共生の思想に立脚し、強者が利益を独り占めする行為を禁止し、格差を縮小するものでなければならない。

・第二に、地球社会法学の想定する法は、特定の国家の法を地球規模に拡張したものではない。そして自由意思による立法の範囲には地球社会の存続を脅かすあらゆる行為が禁止されるという限界が設けられなければならない。

・第三に、地球社会法学は、過去、現在、未来の多くの人々の利益を包括的に考慮する長期的耐久性を備えた制度でなければならない。

2 予防法学の確立

・21世紀法律学の第二の柱は紛争「予防」技法にある。その点については医学分野の変化が参考になる。

・医学分野では病気治療から始まった医学の重点が「治す医学」から病気の発生を防ぐ予防医学へと重点を移してきている。法の世界でも同様に紛争を生み出さない予防策が何よりも優先されるべきである。

3「比較法文化論」が果たすべき役割

・紛争予防技法の中心は「比較法文化論」でなければならない。

・第一に、国民国家は消えても地域に根差した社会集団は残る。国家法は消えても法文化は残る。民俗学、文化人類学、社会学、心理学の助けを借り、地域社会に併存する社会集団固有の行動様式は可能な限り解明する必要がある。これが最初の作業になる。

・第二に、「比較」という作業工程を介して関連する複数の社会集団に共有可能な価値基準を創造することが大切。

・「比較」は単純な行為ではない。比較の目的、対象、方法の三点に注目するといくつもの前提的論点が解決されなければ比較を実行することはできない。個々の論点に価値判断が伴うためきわめて複雑な過程をたどる。その習得には段階的な実践練習が不可欠。

・第三に、このスキームを活用して対立を回避できるように実践を繰り返す必要がある。実践には経験の質・量に応じて迅速性、稠密性、正確性に差が出る。有能かつ適切な指導者の下で実践を積み重ねることが求められる。

Ⅳ 21世紀法律家の責任

・以上により21世紀の地球社会で活動する法律家の社会的責任が明らかになる。法律家は職務において全体のマクロ的バランスを考えながら自身のミクロ的職務に従事する特質を備えなければならない。

・こうした二面性はあらゆる職業に通じるものであるが、法律家が金銭欲や名誉欲に負け、依頼者の言いなりに行動し、職業倫理を欠いた存在になってはならない。

・地球社会で活動する法律家が職業倫理を発揮するとは国益のような部分的利益に目をくれず、社会全体のバランスを優先し、地球環境によるさまざまな制約を考慮し、と球場で生活するすべての人々の共生を支える活動に携わることを意味する。

・地球社会全体のための法制度を世界の法律家が力を合わせ創造し、改訂を重ね続けることはロマンあふれる創造的な作業である。全ての法律家の関心が向けられるべきである。

投稿者: 株式会社TMAコンサルティング

  • 各種お問い合わせ
  • 053-473-4111