心理学者の A.アドラーが提起した「劣等コンプレックス」という概念があります。“劣等感”に似ていますが少し違います。健全な劣等感の持ち主は、勉強やスポーツなどでライバルに負けても「よし!次はがんばるぞ」と前向きに行動することができます。
ところが、一歩を踏み出す勇気が持てず、「努力で状況は変えられる」と信じることができない人がたくさんいます。カベに突き当たると「どうせ自分なんか」とすぐあきらめてしまうのです。チャレンジや前向きな行動をあえて避けようとするのです。アドラーは、その原因が劣等コンプレックスにあると考えました。
チャレンジしない人、行動しない人は“言い訳”探しの名人です。「〇〇だから行動しないんだ」とすぐにできない理由、やらない理由を思いつきます。そして「〇〇という原因さえなければ自分は有能で価値があるのだ」と主張するのです。この状態が劣等コンプレックスです。健全な劣等感と劣等コンプレックスとの違いは前向きな行動があるかないかです。
昔、「オレ、まだ本気出してないから」という映画がありましたが、この言葉は典型的な劣等コンプレックスのセリフです。劣等コンプレックスの持ち主は常に行動しない理由を見つけ、新しいチャレンジを避けるのです。なぜでしょうか。
劣等コンプレックスの持ち主は常に言い訳をして行動しません。行動しなければ失敗することもありません。失敗しなければ可能性の中に生きることができるのです。「自分は〇〇なので、行動していないだけなのだ」と自分に納得させているのです。なにも行動しなければ人は可能性の世界(夢の世界)に生きることができるというわけです。
もちろん、行動しないわけですから何もいいことが起きません。自分でも薄々と今がよくない状態であることには気づいています。だからこそ「オレ、まだ本気出してないから」と強気のスタイルをとる必要があるのです。虚勢を張ることで心のバランスを取ろうとするのです。
さらに消極的な場合もあります。「お金持ちの家に生まれなかったから‥」「もっとカッコよかったら(キレイだったら)」「もっと頭がよかったら」という言い訳を見つけて努力や前向きの行動は無意味だと自分自身を説得し続ける人です。業績悪化を「景気が悪いから」「取引先が理不尽だから」という経営者も同じ です。失敗への不安から行動しない人は消極的に不幸な人生を選択しているのです。
アドラーはライフスタイルを変えれば結果を変えることができると主張しています。「ライフスタイル」とは自身の物の見方、出来事に対する反応の仕方のことです。ライフスタイルはこれまでの人生で自分が身に着けた生き方のクセです。「自分を変える」とは「ライフスタイルを変える」ことなのです。
ライフスタイルは選びなおすことができます。「不幸」をもたらすライフスタイルを選んだ人もライフスタイルを選びなおすことができます。しかし、それには自分の劣等コンプレックスに向き合う勇気が必要です。心理学者の岸見一郎氏はそれを「幸せになる勇気」と名付けました。アドラーは、「劣等感を言い訳にして人生から逃げ出す弱虫は多い。しかし、劣等感をバネに偉業を成し遂げた者も数知れない」と述べています。劣等コンプレックスを知ることはライフスタイルを変える第一歩です。