クリステンセンの論文集からの第三弾です。
この論文では、いろいろな業界でなぜ分業化が進むのか、なぜそうした業界ではサプライヤーの力が強まる場合があるのかを説明しています。ここからアウトソーシングの基準が導き出されます。
これも顧客ニーズと製品の性能の視点から割り出されていますから、モチーフになっているのは破壊的イノベーションの理論です。なぜ、PC業界の利益がIBMからインテル、マイクロソフトに移ったのかについてのわかりやすい視点を得られます。
第五章
シフトする収益源を先読みする
―製品ライフサイクルに伴うバリューチェーンの変化― 2002年2月
1 コア・コンピタンス(企業の中核能力)以外のものはすべてアウトソーシングすべきだというかつての主流的経営論には落とし穴がある。
2 魅力的な収益が見込める事業領域はバリューチェーン内を動いていく。その時点の視点でアウトソーシングを行った企業の多くが収益源を失った。この事態は破壊的技術の視点で理解することができる。
3 市場での競争の方法は商品進化の段階ごとに異なる。進化の初期段階では企業は商品の性能で勝負する。そして時がたち、主だった顧客ニーズが満たされると、次は利便性、カスタマイズ性、価格、融通性で競争するようになる。
4 初期段階の商品では顧客ニーズを満たすため、エンジニアは可能な限り高い性能を達成することに集中せざるを得ない。すると自社独自のコンポーネント(部品)を開発し、組み合わせるという方法が取られる。
5 こうした初期段階では垂直統合型企業であることが成功に必須の条件となる。非統合型企業ではそれぞれの企業のシステムを一つのシステムにまとめることが難しいからである。
6 ところが商品性能が向上し、一般的顧客のニーズを上回るようになると状況が一変する。基本的ニーズが満たされた顧客に対し、より柔軟性の高い商品を迅速に市場に投入し、以前よりずっと小さなニッチ市場のニーズに応えるよう商品カスタマイズが必要になる。
7 このように商品が進化した次元では、企業はモジュール方式で商品を設計し、コンポーネント(部品)とサブシステム間のインターフェースをはっきり特定する必要がある。するとインターフェースが最終的に“業界標準”へと収束する。
8 モジュール方式は素早く新商品を市場に投入するのに役立つ。一から十まで設計し直さなくても各サブシステムの改善が可能だからだ。企業は最良のサプライヤーが製造する最も優れたコンポーネントを組み合わせて個々の顧客ニーズに柔軟に応えることができる。
9 標準インターフェースを使えばシステム全体の性能の点では常に妥協せざるを得ない。しかし、商品が十分成熟し、性能を持て余し気味にしている顧客を狙う企業は、性能について多少は譲歩しても、スピードと柔軟性の点でメリットを重視する。
10 業界のプレーヤーがみな従う業界標準が確立されると垂直統合型の企業であることは成功のカギではなくなる。逆に垂直統合型であることはスピード、柔軟性、価格の点で競争上の足かせとなる。そのため業界は分業化へ向かう。
11 するとバリューチェーンの各段階をつなぐインターフェースがポイントになる。このインターフェースは初期段階では企業の垂直統合化を後押しし、最終的には産業をコンポーネント(部品)単位に分業化させる力となる。
12 分業化には3つの要件が必要。①外部調達を成立させる条件を把握する ②条件に合致するかを検証できる ③効果を予想できる(予想外の相互依存性がないこと)
13 顧客が機能性よりスピードや利便性を重視するようになるとゲームの流れが変わり、利益の源泉が移る。その基本原則は「バリューチェーンの中で各段階との相互依存性を高めたところが一番儲かる」である。
14 分業が進んでモジュール方式が一般化した業界では競合企業との差別化が難しい。そこでサプライヤーに圧力をかけて高性能・低コストのコンポーネント開発を急がせる。
15 モジュール方式で商品設計・製造を行っているサプライヤーは顧客企業の要求にこたえようと性能面での強みを極限まで追求する。するとサプライヤーは相互依存性・独自性が高いアーキテクチャを創造せざるを得なくなる。すると顧客企業に対するサプライヤーの立場が強くなる。
16 収益の上がる事業の領域、そうでない領域の違いは何か。利益が集まるのは直接の顧客ニーズにまだ十分に応えていない段階のところである。この段階の企業は顧客ニーズにこたえようと独自のアーキテクチャを生み出すからである。
17 つまり、十分に性能が向上していない領域をアウトソーシングすると、その事業領域で将来的に収益が上がるようになると自社の事業領域の利益が失われる。
18 垂直統合型企業はやり直しのきかないアウトソーシング、事業売却を行うのではなく、柔軟に事業を組み合わせたり、切り離したりするのであれば非統合型企業よりも景気の変動を乗り越えやすい。こうした事例はPC業界によく見られる。
19 自動車業界ではモジュール方式が採用されている。メーカーはトップクラスの少数のサプライヤーからサブシステムを調達する。ブレーキ、ハンドル、シャーシなど各サブシステムのアーキテクチャはメーカーの厳しい要求に応えようとして相互依存性がますます高まっている。つまりメーカーではなくサプライヤーの収益性が高まっている。
20 自動車メーカーはPC業界のデル社のように振る舞う必要がある。徹底的に俊敏、柔軟、そして顧客にとって便利になることである。
21 現在好調な企業の経営者は「大きな利益を生み出す力がどこか別のところにシフトするかもしれない」と考えている場合ではない。「いつ」シフトするかを考えるのだ。