浅沼宏和ブログ

2020.01.25更新

 浜松地方特有の起業家精神を「やらまいか精神」といいます。地域経済振興、地域活性化の話題では必ず「やらまいか精神を発揮しよう」と決まり文句のように言われたりします。ところで「やらまいか精神」とは何でしょうか。「浜松はやらまいか精神の町といわれているが‥」といいますが、誰が言い出したのでしょうか。

 私は浜松生まれですが、「やらまいか」という言葉を「鬼ごっこでもやらまいか」といった軽い勧誘の意味で使っていました。何か大きなことにチャレンジするような意味で「やらまいか」を捉えてはいませんでした。ですから「やらまいか精神」という言葉についていつも不思議に思っていました。

 そこで、いったい誰が「やらまいか精神」と言い出したのかを調べてみました。ヤマハの創業者・山葉寅楠氏は和歌山県出身なので違いそうです。地域の有名企業家というと本田宗一郎氏ですが、一人で走りだしそうな方なのでこんな言い方はしないでしょう。ネットで調べても、行政や商工会議所などのパンフレット類を見ても、どこにも語源の説明はありません。「浜松は『やらまいか精神』の町といわれているが‥」とだけしか書かれておらず、誰が言い出したのかを説明していません。長い間、調べてきましたが、やっと答えを探り当てることができました。

 実は「やらまいか精神」の歴史は古くありません。最初に言われたのは1980年と意外に最近だったのです。「やらまいか精神」の名付け親は当時の人気経済評論家だった梶原一明氏です。その著書・『浜松商法の発想』(講談社・1980年)に「やらまいか精神」と名づけた理由が書かれています。この本は、世界的企業が数多く誕生した浜松の風土を紹介する内容でした。また、タイトルからして浜松人のプライドをくすぐるものだったので、特に浜松ではたくさん売れたのです。年配の方で読まれた方も多いことでしょう。

 ところが梶原氏は地域の人ではありませんので「やらまいか」の意味を誤解していました。本の中では「やらまいか」とは「ともかく『やってしまう』、もしくは『やってしまった』との中間ぐらいの意味」で「現在完了形に近いと説明」しています。ぐずぐず議論するよりもまず実行してしまおうとする精神なのだというのです。「やらまいか精神」とは素早く行動する精神なのだというわけです。

 たとえばヤマハでの社長交代や本田技研の東京への本社移転の素早い決定を「やらまいか精神」の表れだとも説明しています。

 梶原氏の説明は浜松人からするとおかしく聞こえます。遠州弁の「やらまいか」は「一緒にやろうよ」という軽い勧誘の意味です。思い立ったらすぐ行動というニュアンスを含んではいません。つまり、梶原氏は「やらまいか」という言葉の意味を誤解したまま、浜松の起業家精神とは「やらまいか精神」だと結論付けたわけです。そして、浜松の起業家精神を褒めちぎった本でそのように説明されていたため、浜松の人たちがそのまま受け入れてしまったのです。

  ですから「やらまいか精神を発揮しよう」といわれても、浜松人には実はピンと来ていないのだと思います。文字通りの意味としては『一緒にやってみないかい』精神になってしまうからです。また、梶原氏の著書で紹介されている企業の多くは高度経済成長期特有の背景で成長を遂げた企業です。経営環境が激変していますから、当時の考え方で行動することが必ずしも有効であるとは限りません。

 新たな時代に発揮する起業家精神には新たな視点・考え方が必要です。いまさら「やらまいか精神」という言葉を変えるわけにはいかないかもしれませんが、それが何を意味するかは改めて考える必要があると思います。

*参考:梶原一明『浜松商法の発想 -ホンダ・ヤマハ・カワイ・スズキの超合理主義』講談社、1980年

 

 

投稿者: 株式会社TMAコンサルティング

2020.01.08更新

 現在、経団連に関連する通信講座会社から依頼されて「時間管理」のテキストを書いています。色々な考え方があると思いますが、この講座ではドラッカーの5つの習慣、トヨタ生産方式、そして最近流行の行動経済学の理論を参考にしています。

 行動経済学者のムッライナタンとシャフィールは「いつも時間がないあなたに」という本の中で、「時間管理とは希少な資源の使い方の問題だ」といっています。つまり、「時間が足りない」と「お金が足りない」は一緒の問題だというのです。

 それどころか、「人間関係が足りない」、「やる気が足りない」も同じ種類の問題だといいます。なんだか不思議な話ですが、時間、お金、人間関係、やる気は希少な資源という点では同じだというわけです。そして、不足するものがあると、それが別の問題を引き起こすのだといいます。

 何かが足りないと感じると、人の意識はそこに集中します。すると足りないものを大事に使うようになります。お金が足りなければお金の使い道を細かく考えます。時間が足りなければ少しの時間を有効に使おうとします。すると集中力が発揮されるのです。

「なんだ、足りないほうがいいことがあるじゃないか」と思われるかもしれません。ところがいい事ばかりではありません。何かが足りないと、足りないものに気を取られてしまうのです。

 すると、うっかりミスや誤った判断をすることが増えるのです。集中の良い点を「集中ボーナス」、集中して周りが見えなくなることを「トンネリング」といいます。トンネリングは人間の処理能力の限界から生じます。

 良い集中のためにはトンネリングの欠点の影響をできるだけ少なくすることが必要です。しっかりと準備し、落ち着いた状況で腰を据えて仕事をすることが大切なのです。

 逆に、悪い集中は緊急事態やトラブルなどに対処する時に生じやすくなります。準備不足のまま集中すると、別のミスやトラブルが起きやすくなるのです。

 時間管理のポイントとは、できるだけ意図的な集中、つまり“良い集中”の時間帯を増やすことです。それには準備や段取りが大切になります。

 しかし、人間は一日中全力で仕事をすることはできません。個人差はありますが高いレベルの集中は30分から90分ぐらいしか続かないと言われています。

 しかも、集中力のピークは起床後2時間ぐらいにやってくるそうです。ということは、重要な仕事は午前中に1~2時間を上限に計画したほうが良いわけです。

 もちろん、仕事の都合で午後にたて続けに重要な会議、プレゼン、商談を行うような場合もあるでしょう。そういう場合には、それらの仕事の準備は午前中に行うなど、できるだけ午前を生かすように工夫するのです。

 一日の仕事がうまくいくかいかないかは、午前中の使い方で決まるのです。人間の有限な処理能力を午前中にうまく使うことが時間管理のポイントなのです。 

 また、車が多いと道路が渋滞するように、仕事の予定を入れすぎても全体の効率が悪くなります。ドラッカーも「成果をあげる人は急がない」と言っています。

 毎日、朝から晩まで全力で仕事をする計画を立てても長続きしません。最も重要な仕事を毎日、午前中に一つ計画し、着実に実行し続けることが、長い目で見て成果を大きくするコツなのです。一つの仕事に集中し、あせらずじっくり取り組みたいものです。

 

 *参考:ムッライナタン&シャフィール『いつも「時間がない」あなたに』早川書房、2017年

 

 

投稿者: 株式会社TMAコンサルティング

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